サンカの末裔

幻の漂泊民・サンカ (文春文庫)

幻の漂泊民・サンカ (文春文庫)

私が生まれた広島県被差別部落のはずれに、
ひとりだけ、掘っ立て小屋のような家に住む孤老がいた。
うちの部落の住民のほとんどは、定住・農耕を生活の基盤に置く人々だったが、
竹細工と魚とりを生業にするその老人は、ボサボサの白髪の仙人めいた風貌で、
明らかに私たちとは違う文化圏の住人であることを感じさせた。
家の外を歩いていて、たまにその孤老を見かけることはあったが、
面識もなく、なんとなくその風貌が子供心に不気味だったこともあり、
口をきいたことはなかった。


当時(1980年代中頃)は、部落解放運動の一環として、郷土の部落史づくりが盛んになっていた頃で、
各地で聞き取り調査が行われていた。
そんな流れの中、父がその孤老に話を聞きにいくというので、私も一緒についていき、
島根県の方まで竹細工や魚を売り歩いていた話や、道具を使わずに魚を捕まえる方法など、
いろいろ面白い話を聞いた。
一般的な広島弁とは違う、ちょっと引っかかるような独特の発声が印象的だった。
たぶん実家には当時の録音テープが残っていると思う。帰ったら聞きなおしてみたい。


その後は、外でじいちゃんと顔をあわせたら、あいさつするようになった。
にっこり笑ってあいさつを返してくれたじいちゃんの苗字は「竹屋」だった。
たぶん通称がそのまま呼び名になって定着したのだろう。


数年前、『サムライチャンプルー』制作中の渡辺信一郎監督に取材したとき、この話をしたら、
身を乗り出して聞いてくださった。
おそらく、じいちゃんは、サンカの末裔だったのではないか。